雨ロロ
「ただいま兄さん」

時計の指す時刻は夜7時、外ももう真っ暗になった頃、僕はやっと部屋の入口へと足を踏み入れた

ドアを閉めても聞こえてくる雨音、風が吹くと窓ガラスをも時折けたたましく叩いているようだった

こんなに降るとは思わなかった

自分の前髪の先からは、ぼた、ぼた、と雨水が垂れている
ああ、いつの間にか結構濡れていたみたいだな
買物袋の中の食材は無事だろうか
袋の口は縛って胸に抱えてきたけど、紙の箱のお菓子はもうぐしゃぐしゃかなぁ
兄さんが口にするものだし、野菜やくだものは一度しっかり洗わないと

そんな事に頭を巡らせながら軽くしゃがんで靴を脱いでいると、頭の上から兄さんが大きくため息をつくのが聞こえてきた

「あれ、兄さん…?」

「ロロ!!……おまえは馬鹿か!」

「え?な、なぁに兄さん…」

え、え、え

どうしよう、どうしよう、兄さんが怒ってる

なんで、どうして

「あ…カーペット
 ごめんなさい!!すぐに洗濯するよ!足元濡らしちゃうから、一回僕はまた外に出て…」

「そんな事を言っているんじゃない!」

こ、こわい、兄さんは顔も声色も普段は穏やかでとても優しいけど、怒った時のこの迫力ときたらない

兄さんは腕を組んで僕を頭のてっぺんからつま先まで一通り目をやったかと思うと
きびすを返しつかつかと靴音を立てて奥に向かう

かと思えば

またすごい早さで戻ってきた

「わっ!!」

真新しい白いバスタオルが僕の頭をすっぽりと包む

「まっっったくお前は!風邪でもひいたらどうするんだ!」

ばさばさと音がたつ勢いで、兄さんは僕の頭を拭いてくれているんだけど

「に、にいさん、くるし…ぃ」

タオルで前が見えない!
それでも聞く耳を持たないといった感じで…
兄さんの方が力があるから仕方がなく…という訳でもないんだけど、僕は諦めて目をとじてされるがままに大人しくしていた

兄さんは僕の両肩を掴んで向きを変え、軽く顎を上げさせると、今度は顔にタオルを押しやった
いつもの兄さんと比べると、がさつというか、随分といいかげんなような

ふとタオルの感触が無くなる
肩に掛かけられたタオルは随分と水を吸っているみたいで少し重たい

なにがなんだか分からないんだけれど、とりあえずゆっくりと目をあけてみようかな

「えと、あ、ありがとう」

僕は次に兄さんが何を言うか、じっと構えるようにして待った

すると兄さんは僕の顔を見て、はぁ、と一呼吸置くと

僕の両頬を両手で包み込むようにして顔を自分の方へと向かせた

「なんだってこんなにもずぶ濡れで…
 電話もなかったから、俺はてっきり折り畳み傘でも持っているものかと…」

「だって、買い物の荷物がいっぱいで両手に持ったら傘を持つ余裕がなくって」

今日は放課後兄さんが生徒会の仕事で少し遅れると言うから、僕は一人で夕飯の買い物に出ていた
駅の近くのショッピングモールまで歩いて行ったんだけど…
でも、帰る頃に急に雨が降ってきちゃって

「雨に濡れるくらい…」

任務時代は、いつもこうだったし

風邪をひいたら薬で治せばいい

「だ、め、だ。
 前から薄々思っていた事だが、ロロ、お前は自分の身体を大事にしなさすぎる、もっと自分の事も考えるんだ」

「大丈夫だよ兄さん!僕はそんなにやわじゃないし。
 兄さんに心配してもらえるねは嬉しいけど、僕が雨に濡れて帰ってきたくらいでそんな、大袈裟だよっ、ね?
 心配しないでいいから!!」

そんなに兄さんが僕の事を心配しなくていい、兄さんは忙しいから、やる事だっていっぱいあるんだ、僕が代わりに雑用済ませている間に兄さんは兄さんの事に集中してくれれば、それでいい
僕は兄さんの役に立てば何よりも嬉しいんだ

僕自身は、壊れさえしなければ、いい

いつだってそう思う

「そうか、お前は俺にそんなに心配するなって言うんだな」

「うん…」

兄さん、ちょっと…怒ってる?

「じゃあ……」

兄さんは、ふぅ、と一息付いてから言葉を続けた…

「ロロは俺が大雨に降られてすぶ濡れで帰ってきたらどうする」

!!?

「それもだ、頭から水は滴り落ちているし!
 顔は濡れてぐちゃぐちゃ!
 靴は水が入り込んでいるし
 制服は中のシャツまで冷たくなっている!

 さらに、だ

 放っておいたら今にも体が冷えて風邪をひきそうだが
 俺はなんでも無いような顔で家で夕飯を作ろうとするぞ」



!!!!!!!????



「兄さんが!!?


だめっだめだめだめだよそんなの、そんなになる前に僕がギアスを使って…だめだ、雨は!あのっ、そのえっと僕が迎えに行くよ、傘だって持ってどこへでも迎えに行くから、携帯はあるし、電話が繋がらないとしても兄さんが行きそうな場所を探しにいくよ、だからぜったいぜったいそんなのだめだよ!!

もしそうだったとしても帰ってきたらすぐに拭いて……だって、兄さんがもし風邪でもひいちゃったら、


 僕は…」




僕……は



頭から水は滴り落ちてて、顔は濡れてぐちゃぐちゃで、靴は水が入り込んでて


制服は中のシャツまで


あ……

「ローロ」

ぽた、と僕の制服のズボンの裾から水滴が垂れた


そういえば、ちょっと体が冷えて来た


「ロロ。わかったか、おまえが俺をそうやって心配してくれるように、俺も同じだけロロのことが心配なんだ。」

だから、怒っていたの?

「な?」

兄さんが、今度は、さっきとは全然違う、いつもよりもずっと優しい声で僕のことを覗き込んでくる


「ロロはなんで俺の事を心配してくれるんだ?」

やめて、見ないでよ

なんだか僕、せっかくきれいにしてもらった顔、また濡らしちゃってる


「…にいさんのことが大事だから…」


僕は、搾り出したような、かすれた声で答えた

そんな、兄さんまで切なそうな目で見ないでよ、お願いだから

「そうだろ」

「じゃあ、兄さんが僕をこんなに心配してくれたのは…」

「俺もロロの事が大事だから」

「…うん
 ありがとう、兄さん」

なんだか

僕、分かった気がする

「これからはロロも自分の事をもっと大切にしてくれるか?
お前の大好きな兄さんに心配かけさせない為にも、な」

「うん、そうするよ!

 寒い日は暖かくしていくし、傘を忘れて雨に濡れそうだったら兄さんを呼…」

僕はちらっと横目で兄さんの方を見た

「呼んでいいからな」

だめ、嬉しい、こんな事くらいで!?
きっと顔がぱっと明るくなったのがばればれだよ

「ほら、分かったならバスルームに向かおう」

僕は兄さんの足下を濡らさないように注意して、後ろをついて歩いた


「ねぇ兄さん僕、傘、いつも二本持ってくから!!」

兄さんはきょとんとしたかと思うと、堪えきれないといった様子で笑い出した

「えっ、えっ、なんで、何か僕へんな事言った!!?」

「いや、ロロらしい可愛い発想だなと思って

 ロロ、今着替えを用意してやるから、入ってろよ」

兄さんはそう言うけど、そんなに笑われるなんて思ってなかった
なんだか恥ずかしいよ



軽くシャワーをあびて湯船にためたお湯に浸かっていると、カーテン越しに兄さんの影が見えた

「ロロ、明日も昼から雨みたいだ
 明日は生徒会の仕事が終わるまで待っててくれ」

「うん?でも夕食のための買い物はいいの?」

「明日は俺が傘を二本持ってくからな
 ロロは俺を待つしかないんだ」

雨に濡れながら帰られたら大変だからな

そう付け加える兄さんの声はすっかり上機嫌になっているようで、僕も安心

「雨の中買い物に行ってわざわざ作るのも面倒だな、明日はそのまま外食しようか
 ロロの好きなオムライス屋に連れてってやるよ

 …たしか、雨の日限定でコーンスープが付いて来る」

「どっちも大好きだけど、兄さん何で僕がそれを好きだって知っているの?」

「ロロの事ならなんでも分かるんだ」
そう言ってカーテンに映っていた影はひらりと手を振ってバスルームから出て行った


兄さんはすごいや

さっきまで怒っていたのに、いつも最後は絶対に僕の事を笑わせてくれるんだ


明日も雨が降るといいな

お風呂から出たら、すぐに鞄に傘をいれに行こう
【 2008/10/05 15:16 】

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